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史上最悪の独裁者と言われるヒトラーの歴史を振り返ってみました。すると、意外な事実が明らかに。

ヒトラーの青年時代

ヒトラーと言うと、最悪の独裁者と言うイメージがあるかと思います。
しかし、青年時代となると、どのような人なのかは分からない人も多いのではないでしょうか?知り合いにイメージを聞いてみたら、エリートだったんじゃない?という答えが返ってきました。
しかし、青年時代のヒトラーを見るとエリートとは程遠い、人生を歩んでいます。エリートどころか勉強が出来ずに、落第点をもらって学校を退学している事実があるのです。
勉強に関して言えば、全然、出来なかったようです。
学校を退学になると言う事は、よっぽど、出来ないかったのでしょう。
その後、美術系の学校を目指しますが、そこでも不合格になっています。
そして、その後は、なんとホームレスにまで身を落としているのです。エリートとは程遠い人生を歩んでいる事が分かるのではないでしょうか?

第一次世界大戦が勃発

その後、ドイツはイギリスやフランスと第一次世界戦を起こします。
その後で、ヒトラーは軍人として参加したようです。
ここで、あなたは思わなかったでしょうか?
「なるほど、ヒトラーはこういう動乱の時代で足場を固めていったんだ!」乱世を利用してのしあがったんだ!と思ったかも知れません。しかし、実際のヒトラーは大して活躍もせずに、第一次世界大戦はドイツが敗れています。
その後、フランスなどから莫大なお金を要求されたことで、ドイツは大混乱に陥ってしまいます。賠償金が相当の額だったようで、ドイツは2010年まで賠償金を払い続けています。

ナチ党の入党する

ナチ党と言うと、ヒトラーが立ち上げたイメージがないでしょうか?
しかし、実際にナチ党を立ち上げたのは、ドレクスラーと言う人物です。
この時に、ヒトラーは軍に命令されて、ナチ党のスパイとしていきました。
そこで、ちょっとヒトラーが討論をしたことで、ウケがよかったようです。
その後、規模を大きくした演説を行いナチ党の中で勢力を伸ばしました。
しかし、ナチ党の古株からはよく思われていませんでした。そこで、ヒトラーは1回ナチ党を抜けると言い出したようです。
しかし、当時のナチ党はヒトラー意外にスポットを浴びる人物がいませんでした。
そこで、ドレクスラーが名誉会長になり、ヒトラーがナチ党のリーダーになりました。
この頃に、ヒトラーは軍をやめて完全にナチ党の党首になったようです。

街で暴動を起こす

その後、ヒトラーは街で暴動を起こします。
しかし、逮捕されてしまいます。そして、裁判にかけられてしまいます。
しかし、そこでのヒトラーの演説の上手さが目立ちました。裁判で喝采されたようです。普通であれば、禁固5年などの刑になるはずが、ヒトラーは9カ月と言う事になります。
しかも、その生活が見晴らしのよい部屋や面会自由など、かなり優遇された生活だったようです。そして、そのヒトラーの演説などが話題になり、ドイツではヒトラーのファンをどんどん増やしていきます。
熱狂的なヒトラーファンが数多くついたのもこの時期です。
お気づきの人も多いかも知れませんが、ヒトラーと言うのは、勉強は出来なくても演説の上手さではピカイチだったわけです。さらに、「刑務所の外でヒトラーのために3000人のパーティーが行われる」「ヒトラーが使ったお風呂に入らせて」など、常識を逸するようなファンも数多く誕生しています。異常なほどの人気を獲得したわけです。

世界恐慌が起こる

その頃の、ドイツはボロボロでしたが、周りの国はある程度上手く行っていましたが、世界恐慌が起きます。
そこで、世界経済もかなりおかしくなりましたが、ドイツ経済はボロボロだったこともあり、泣きっ面に蜂と言うほどのボロボロになりました。
街には大量の失業者も溢れ、人々は世の中に不満を数多く持ちました。
この時に、ヒトラーはある行動を起こします。

ヒトラーが大統領選に立候補する

大不況のさなか、ヒトラーはついに機が熟したと思ったのか、大統領選に立候補する事になりました。
これまでのヒトラーは熱狂的なファンも数多くいて、不満がくすぶっているドイツ国民の心をつかんでいます。
大統領選に出馬したのは、ヒトラーが42歳の時です。しかし、この時にヒトラーは落選しています。変わりにヒンデンブルクが大統領になっています。
しかし、この時にナチ党がドイツの第一党になっています。ヒンデンブルクはこの時に、ナチ党の勢力の多さを無視できずに、ヒトラーを首相に任命しています。
その後、ドイツの国会議事堂炎上事件が起きています。
これをヒトラーは利用して、5000人を追放をしたと言われています。
さらに、ヒトラーは全権委任法を制定しています。
首相が法律を全て制定出来るという法律です。今で考えれば、滅茶苦茶な法律ですね。この時に、本当であればヒンデンブルク大統領が止める事が出来た可能性もありますが、この時に、ヒンデンブルクは高齢だった事もあり死去しています。
これで、ヒトラーを止める事が出来る人はいなくなったわけです。
一説には、ヒンデンブルク大統領を死ぬのを待っていたとも言われています。
さらに、この時に、大統領+首相の役割をこなせる総統になります。
ヒンデンブルクが亡くなった時に、全権力が集中するような法律を提出していたのが功を奏したようです。これで、完全にヒトラーは独裁者になったわけです。美術学校の落ちたり、ホームレスになったような人だとは思えませんね。

ヒトラーを変えた力

ヒトラーの歴史を見ていると、やはり驚異的な演説力があることが分かります。
言葉により、人を動かす力がすごくあったようです。
特に聴衆の前で演説する力は凄まじい程あります。
あと、ヒトラーと言うと、才能だけで演説しているように思うかも知れませんが、実際のヒトラーはジェスチャーを練習していたと言う、記録も残されています。
それも、自分の演説を写真にまで撮らせて練習していた記録もあるのです。ただでさえ、才能があるのに、さらに努力していた形跡があるのです。
演説の練習をしていた事は間違いないでしょう。さらに、みんなに分かるように、分かりやすい言葉で演説を行っています。
さらに、時間帯は夕方にするや、最初に沈黙を入れるなど、心理学のテクニックもかなり使って演説をしています。さらに、ストーリー構成も凄いです。ピンチな状況→新しい目標→今までに見えなかった敵→必殺のキャッチフレーズにという構成になっています。つまり、今のドイツはピンチで無茶苦茶されている。
その後に、ヒトラーは奪われた土地を取り戻し、強いドイツを作り上げると言う目標が自分にはある。新たなる敵としてユダヤ人を導き出す。悪魔のキャッチフレーズ、ハイル・ヒットラーに繋がります。
ヒトラーによるユダヤ人の大量虐殺は、演説にも隠されています。
ドイツの敵と言うとフランスやイギリスになるわけですが、それだけだと分かりきっていてインパクトがありません。
そこで、新たなる敵として誰も考え着かないようなユダヤ人をあげたと言われています。
ユダヤ人に取ってみれば、かなり迷惑な話ですね。
話はそれますが、この時のユダヤ人が主人公になっている「ライフイズビューティフル」という映画は感動でした、主人公は男の中の男だと思っています。
あと、ヒトラーはファッションにも通になっていて、ナチスの制服や自分のファッション、選挙ポスターなどでもイメージを大事にしています。
インパクト重視の行動を取っています。演説が上手いだけではなく、ビジュアル面でもヒトラーはかなり気を使っています。
最悪な独裁者でもあるとも言えますが、努力もしています。
人間と言うのは、善悪を限らずちょっとしたことで、急劇に上昇する事も分かります。総統になってからのヒトラーは皆が知っている通りの人物なので、ここでは述べませんが、ヒトラーの意外な過去を知ってもらえればよかったなと思います。

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